富士山 山行報告


2011年12月31日〜2012年1月1日
中野(記録)


 富士山デビューは遅く一昨年の秋、9月19、20日である。その時は6合目まで車で上がり午前O時に登山開始、途中仮眠を取りながら日の出前に頂上へ、そしてお鉢廻り午前9時半に駐車場到着。登山より車の運転で疲労困ぱいの記憶がある。


 今回は2度目で冬季、楽しみな冬山として計画しましたが、仕事の多忙な時期と重なり29日までパソコンのマウスを動かし、30日は年賀状作り、そして準備に追われ少し仮眠(実際は殆ど睡眠取れず)、その後日付が変わる頃にエンジンを掛け阿倍野を離れた。
 午前9時に富士スバルラインが開くのでそれに合わし少しだけ仮眠を取りながら(実際は殆ど睡眠取れず)料金場に到着、予想通り未だ不通、暫し待つが、開く見通しがない。想定していた2パターンのもうーつのコース、馬返しから取り付く事にする。
 その馬返しの駐車場に着くと冬季登山用上着の男達が屯していた、車を降りるとその内の二人が近づいて話かけてきた。「山梨県警の者です、富士山に登るのですか?」とそして、単独ですか、冬山の経験はありますか、登山計画書はありますか、山頂は風が強くベテランでも遭難することがあります、出来れば単独は止めた方が良いですが、気をつけて行って下さいと忠告を受ける。危険だと判断したら必ず引き返しますと答え、支度をした。暫くするとその二人がまた現れ、冬山登山の教材を作っているので、支度の模様とか装備をビデオに取らして欲しいと頼まれた。 5、6分程ビデオを構え撮影していたが、履いていた登山靴に注目、変わった靴ですねと聞いてきた。小倉さんの遺品の靴である、確かに珍しい靴で防水が完璧だと答えた。 (しかし欠点があった、後に解る)

 吉田登山口の馬返しは高度1、440m(0合目)になる、出た時は一人だったが途中軽装の外人に追い抜かされた、多分小屋泊まりだろう。
更に進むと中高年の男女3人パーティを追い抜いた、後一人男性の単独者を見かけた程度で、佐藤小屋に着いた。
 雪は少ないと思っていたが想像を超え遥かに少ない、登山口の馬返し付近には日陰に少し程度あるだけ、佐藤小屋までもまだらにそれも遠慮がちに残っている感じだ。佐藤小屋から上部に本格的に出現してきたが量は多くなく何メーターの積雪ではない、何センチの単位だろう。
 6合目を超え高度を上げるごとに風が増してくる、風の精で雪が飛ばされ積雪が少ないのだろう。
 4時間くらいの行動、しかも基本的には登攀道具はなし極力減量した荷物の筈だが酷く疲れを感じた。テン場の最適地を探しながらの行動となった。
 出来るだけ高度を稼ぎ、明日出来れば測候所の最高地点までと思いながら、でも身体は反応しない、7合目くらいで終に妥協する、未だ13時半。
 小屋横で風も少し防げる平な場所、スペースは狭いが1テンなので問題なし、設営し始めて問題発生。 ウンチがカンカテに凍って転がっていたのだ、危なく踏み付けるところだった、そばの石で少し移動し、なるべく離れて張る。勿論臭いはなし、まるで石の様だが判別できる、せめて穴を掘り埋めて欲しいが無理か。
 その後凍った雪をピッケルで掘り起し、下の部分をビニール袋に採集、テント前に置き水作りに励む、暫<すると外から声が掛かり顔を出すと大きなザックと若者がいた、横でテントを張りたいが良いかと聞かれた。無論構わないが、凍ったウンチが有るので注意する旨伝えた。今夜このテン場は二人になった。
 小屋横だが風は強い。軽量化のため今回フライなしで本体のみ、その為か強風時風の通りが良くテント内部も風が吹く、吊ったヘッドランが大きく揺れる、ストーブを炊いても寒い、羽毛の寝袋に潜るしかない。
 50キロ半ばの体重では不安を感じる、時折テントごと持って行かれ
そうな勢いで強力な突風が襲う、少しテント内で身体が移動、今夜も睡眠不足。
 ウトウト状態で午前3時に起きる、食欲はないが無理に朝食を取り、テントは撤収しないでポールを倒し、本体に石を置き4時半に出る。
 天候は雲が多いがそう悪くはない感じだ。アタックザックなので荷は軽いが何故か身体は重い、気温は低くない様だ動き出すと寒さは感じない。8合目くらいから急登が出てくる、睡眠不足、それとも高山病?身体が重い。全然ピッチが上がらないし、クランポンが外れ、再取り付けに手間取り益々時間を取られ、途中何人かを追い抜いたが逆に追い抜かされた。

 富士山は、厳冬期でも雪は少ないと思っていたがこれほど少ないとは以外だ、先ずスパッツは不要、潜り込む程の雪がルート上に存在しないのだ。多分それなりに降ると思われるが風が強く飛ばされ、居着かない、雪のラッルセルは不要、厳冬期の富士山頂はそんな状態で春を迎えるのであろう。

 高度を上げるに風は強まり、時折吹く突風に軽量の身体が浮き飛ばされそうになる。耐風姿勢を取り収まるまで耐える、ピッケルは必需品だが果たして止められであろうか。斜面の傾きにもよるので、直登ルートも可能だが、緩斜面ルートが選ばれる。いわゆるジグザグルートだ。
 頂上の神社まで4時間程度と踏んだが、プラス1.5時間以上も余儀なくされた。それも頂上直下でまたもクランポンが外れた、着ける場所も問題だし、それよりか立ち止まるには寒いしまた面倒でもある。仕方なく手に持ち無しノークランポンで登り着いた。
 神社の陰に入り風を避け、先ずクランポンを装着しょうと手袋を着けたまま挑戦したが、無駄な時間を送るだけで一向に進展しない。仕方なく外し、3枚重ね2枚を脱ぎ1枚の状態で作業を行なう、時間は掛かるが確実に進む、手が冷たい、ストーブを点け採暖したいがこの強風下では徒労に終わる事は明らか、諦める。
 そめ後行動食をテルモスの紅茶で胃に流し込み、山頂の風景デジカメに収める、1枚目はOK、2枚目はバッテリーランプが点灯(気温が異常に低温のため)、シャッターが反応しない、山行前夜フル充電したのに役立たずのオリンパスだ。
 要は肌に近い処に収め、カメラの保温を保てば問題はない、即反応してくれるはずである。保管場所の問題であるが、出し入れが面倒だし、つい外部に近い処に収納する。

 頂上を辞するため目出帽を脱ぎ身支度をしていた、その油断をした一瞬を突き目出帽が飛ばされた。何回もの冬山で常に持参して来たが今回初めて使用した、今まで必要ではなかったのだ。しかしこの状況下では無は顔面の凍傷を約束する。予備の毛糸帽はあるが、目出帽の方が遥かに性能は優れている。
 目出帽を追いかける、空身だがクランポンを装着した状態で神社前を走る、否正確には左右の足を単に交互に繰り出しているに過ぎない、気持ちの上での行動だ。何とか追い付き物を確保するが、息が切れる。ここは3,770mくらいの高度だ、空身でも厳冬期仕様の身支度、敏しょうに動けるはずはない。
 時間と余分な体力が残っていれば、測候所の最高峰まで到達したいが、ここで限界。先に進んでいるトレースはない、此れから先はさらなる強風が待ち構えているであろう、余程体力の温存が無ければ苦しい山行になる。
 その神社前の頂上には、着いた時点で一人だったが後に二人、一人、三人と上がって来たが数えられる程で、恐らく夏の賑わいに比べたら比較にならないほど少ないと思われる(夏には行っていないので)。
 その5.6人の登山者も長いは無用とばかり、気が付けば姿を消していた、またしても一人になった。

 下りにまたしてもクランポンが外れる、合っていないのだ、(借り物、自分の物は西穂岳で紛失)登りは少しくらい無しでも可能だが、さすがに下りは絶対必要、即着ける。

 テン場まで辿り着き、時間短縮を図るためクランポンを着けたまま回収行動を起こしたが、注意散漫、昨夜の凍ったウンチを踏み付け、さら
にテントも引っ掛け、ボロテントがさらにボロボロになった。これ以上被害が拡大しないためには、時間が掛かったとしても脱ぐしかない。
 結局時間短縮にならず、増えた、『急がば廻れ』だ。その後、佐藤小屋経由で、駐車場の馬返しに15時半過ぎに着いた。


 ここで靴を脱ぎ高性能のスカルパ冬用登山靴め欠点が露呈した。底が極端に磨り減りパターンが半減していた、もう1回の山行でさらに半減、5回も使用すれば、底はツルツル状態で使用不能に陥る可能性がある。もっとも今回、雪の無い道を多く歩いた事も影響していると思われるが、それを差し引き、底ゴムが柔軟すぎる、雪に対するグリップカがあり、凍っていなければチエーンなしで歩ける冬用シューズらしい、しかし磨耗が激しいし、張替え不可の様、貧乏人には堪える。


 片付けと休憩、連絡で2時間ほど使い午後5時半過ぎに駐車場を出る。直ぐに林道を歩く重装備の若い登山者に出会う。この時間ではバスは無い、声を掛ける、「何処まで行くのですか」、「この先の何とか神社まで」納得して彼を追い抜く、しかし、何とか神社って有った?(何とかはその時は覚えていたが、現時点は名称の記憶なし) 直ぐ止まり、彼を待つ、もう一度聞き直す、随分先らしい。一人だし、余裕があるので同乗することを進める、感謝しつつ乗り込んだ。


 埼玉方面か来た彼で、佐藤小屋は昨日80人程の泊まりで満員だとか、今日ヘリコプターが飛んでいたのは、突風で飛ばされ足を骨折、その搬出の為とか(確かに、佐藤小屋に着く少し手前でヘリの音を聞いたし、途中上がって来た登山客に何か事故が有ったか聞かれた)何故か事情に詳しいかった。
 その神社で駅までのタクシーを呼ぶので、横付けして降ろした。車でたっぷり15から20分くらいは掛かった、重装備で歩いたら3時間近くの歩行は必要、少し遠回りになったが非常に感謝されて恐縮した。
 しかし帰りの正規の道にカーナビを切り替えたが、何故か同じ道をグルグル廻り戻れない、仕方なくカーナビを無視、感で走る、正解、直ぐに見覚えの有る道に出た、計1時間以上のロス。しかし当初の目的も果たし印象に残る良い山行となった。


 次は何処の雪山に行こうと思案中であるが、この山行から一週間ほどしてから少し腰を痛め、良くなりかけた1月の中旬からさらに強烈に痛め、整形外科2件を廻り「セカンドオピニオン」を受けた病名は「変形性脊椎症」。鍼灸院で治療中であるが未だ完治せず、様子を見ながら山に行くしかない。 トホホ。



(中野)